2017年4月15日土曜日

森田正馬の神経質研究

患者 

「永久に不幸が続く」という不安は、どうすればよいのでしょうか。

先生 

抽象的に考えずに、具体的に一つ一つ事実について考えて行けばよい。

不幸とは何の事か。
試験に不合格か。学資金が無くなるか。下駄の緒が切れたか。鉛筆の先が折れたか。

永久とは、それがいつまでも、鉛筆の先が折れ、、下駄が切れて、何時間、立往生するか。子孫代々、下駄が切れるか等、一つ一つ事実について、考えて行けば、必ず行きつまる所へ行くものです。

このような抽象的の事は、昔々その昔とか、上の上のまだその上とか、先の先のまたその先とか、比較・相対を離れて、無限・絶対のはてしの無いものですから、限りない不安がつづく訳になるのであります。

貴方の不快な感じが、金に沁み込んだという事は、我々の活発な想像の結果であるから、夢のようでも、お伽噺のようでも、少しも差支えのない事です。

ただ、糞は臭いと同様に、不快な想像は、どこまでも、いやな不愉快な事であるという事は、我々の心の事実である。

糞を臭くないように、不快の考えを愉快に考えようとするのが、間違いの元であります。

ただ不快は不快である。それだけでよろしい。





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